『怪獣』歌詞考察:闇を叫び、光へ向かう–“知”と“孤独”の物語

サカナクション

サカナクションが2025年2月にリリースした楽曲『怪獣』は、TVアニメ『チ。―地球の運動について―』の主題歌として制作されました。しかしこの曲は、単なるアニメタイアップに留まらず、ボーカル山口一郎さんのうつ病との闘いを通じて生まれた、深い精神的な物語を内包しています。

本記事では、『怪獣』というタイトルの意味から歌詞の細部に込められたメッセージ、さらにはMVに込められた物語性まで、筆者の個人的な解釈も交えて掘り下げていきます。

山口一郎が「怪獣」となったとき

『怪獣』が制作された背景を語るには、山口一郎さん自身のうつ病との長い闘いが切っても切り離せません。

2022年から活動を休止し、約2年の沈黙を経てリリースされたこの曲は、自身の内面の葛藤と回復、そして「知ること」「進むこと」への渇望が色濃く刻まれています。

「怪獣」というタイトルは、自身の心の闇、制御不能な感情、叫ばずにはいられない衝動を象徴していると捉えることができます。「暗い夜の怪獣になっても」「遠くへ叫んでも消えてしまう」——これは、「チ。」で描かれる人物たちの知への飽くなき渇望を表すとともに、自己の喪失と孤独な叫びをメタファーとして表現しているも捉えられます。

『チ。 ―地球の運動について―』との深い共鳴

冒頭でも述べたようにこの楽曲は、TVアニメ『チ。 ―地球の運動について―』の主題歌として書き下ろされた楽曲です。このアニメは、地動説という“異端の思想”を信じ、命を賭けて知の灯を守ろうとした人々の生き様を描いています。

アニメ『チ。』では、「真理を知りたい」「未来の誰かに伝えたい」という純粋な情熱が、時に命を奪われるほどの重さで描かれます。まさに“知のバトン”を命がけで繋いでいく物語です。一方、『怪獣』の歌詞にも、「知識を君に話しておきたいんだよ」「何光年も遠く叫んで また怪獣になるんだ」といったフレーズが登場します。ここには、知を託し、継承しようとする姿勢が読み取れます。

また、「怪獣」という存在は、単なるモンスターではなく、“常識を壊す者”、“恐れられながらも真実を叫ぶ者”のことであるとも解釈できます。地動説を唱える者たちが異端者として扱われたように、『怪獣』の主人公もまた、理解されずとも叫び続ける存在です。誰かに届く保証はなくとも、それでも「叫ばずにはいられない」切実な衝動こそが、この作品を貫く力なのです。

そしてMVでは、まさにアニメ『チ。』の世界観をなぞるように、“知識を託し、命を繋いでいく”という演出がなされています。主人公たちは一つの真実を胸に抱き、それを次の世代へと託し、やがてその存在は消えていく――この繰り返しが、まるで「怪獣が叫び、消えていく」楽曲の世界と重なります。

『チ。』は「誰かが知りたかったことを、今の私たちが学んでいる」という歴史の蓄積を描いています。『怪獣』もまた、その精神を音楽に昇華させ、「忘れられても、知は残る」「誰かに届かなくても叫び続ける」ことの尊さを、静かに、しかし力強く伝えているのです。

歌詞から読み解く:繰り返し叫び、知を託す者の姿

『怪獣』の歌詞には、繰り返し「何度でも」「何千回も」といった反復が現れます。これは“伝えること”に対する執念を感じさせます。

「何度でも叫ぶ」

誰にも届かないかもしれない。それでも叫び続ける——この姿は、社会の中で理解されないまま闘病する姿にも重なります。

「知ればまた溢れ落ちる」

知ることで癒えるどころか、また新たな痛みに触れる——精神の病における「理解することの苦しみ」を端的に示した一節とも読めます。

「この世界は好都合に未完成」

世界が未完成であるからこそ、人は探求し続けられる。この一文には「完全」を求めず、未完成だからこそ進めるという前向きな意思が宿っています。

MVに込められた“継承”という希望

MVでは、何代にも渡って一冊の書が受け継がれていく様子が描かれています。それは『チ。』の物語と呼応しながら、「知識」と「信念」が命を超えて繋がっていくことを示しています。

視聴者のコメントには、「この未来は好都合に光ってる」というフレーズに希望を見出す声が多く見られました。山口さんが2年の闘病の末に、この言葉を歌詞に入れたという事実だけで、涙が出るほどの力を感じます。

結びに:怪獣は“叫び”であり“光”である

『怪獣』というタイトルは、心の闇にいる者が、声にならない声を必死に叫ぶ姿の象徴です。かつて山口一郎さんが「怪獣」だったように、私たちも誰かの叫びになり、誰かの光になれるのかもしれません。

この楽曲は、「暗い夜の怪獣」でありながら、「未来を光らせる存在」でもある。『怪獣』は、誰かに知識を、感情を、希望を託す——そんな人間の美しさと弱さを描いた、現代の寓話です。